欧米での発売を目指して治験中であったラニナミビル(商品名:イナビル)がインフルエンザの症状を緩和する時間がプラセボ(ここでは効果のないニセ薬)と比べて有意な差がなかったとのことで欧米での開発が中止になったとの発表が2014年8月にありました。
日本語の記事はこちら(MTPro)
ロイター通信の報道はこちら
まとめたサイトはこちら
インフルエンザはいろいろなことで毎年話題に事欠きませんが、「今シーズンの話題はこれだ」と思っていましたが、流行も始まってきたのにいまだにこの件が大きく報道されることもなく、問題視されることもないようです(2014年12月17日時点)。
なぜ国内の大手マスコミは飛びつかないのでしょう?情報収集能力が足りないのでしょうか?これが原因なら大問題ですね。もしくは情報は入手しているけれどあえて報道しないのでしょうか?こちらが原因であればさらに大問題ですね。そうなるとなぜ報道しないのか理由を探る必要がでてきます。
今回は「イナビルの効果」についての再検討した上で、そこから見えてくる「現代日本におけるインフルエンザ診療の問題点」について触れたいと思います。かなりの長文となっていますが、ご一読いただければと思います。
まず初めに私はインフルエンザに対して抗インフルエンザ薬を全く処方しない医師ではありません。基礎疾患を持つなどハイリスクの方には処方しています。しかし、イナビルに関してはその薬効機序や実際の国内治験のデータから効果に疑問を持っていたこと、実際に販売開始された後の効果に関する報告などから、未だに使用経験がありません。ちなみにインフルエンザ以外でも風邪に対する意味のない抗生剤や咳止め、鼻水止めなどは処方しません。でも本質的に必要と判断される薬に関しては処方します。私がこんな診療ポリシーである理由は最後に触れます。そんな小児科医からの指摘と捉えてください。
要約:国内での治験データの問題や薬剤の特性からもともとから効果には疑いがありました。
要約:二峰性発熱の多さや、ヨーロッパでの治験の結果からも効果には疑いがあると言わざるをえません。
発売後、1回の吸入(実際は1回2吸入)で終わって、すぐに熱が下がったといって喜ばれる方も大勢おられましたが、以上のように非常に効果が疑わしい薬剤です。すぐに熱が下がったと思われているケースではもともとのインフルエンザが軽くもともと発熱の期間が短かったという可能性が考えられます。同じ人で同じ状態で比べることはできませんから、何かをしてその後、熱が下がればしたことに効果があったと思ってしまうのはワクチンの後に起こった問題はすべてワクチンの副反応と思ってしまうのと同じ思い込みの心理です。
今回の欧米での治験の結果に関しては大手のマスコミは全く報道しませんし、そもそもメーカーの方も全く説明には来られません。処方を増やすための情報は持ってくるのにマイナスになる情報は持ってこないというのはいかがでしょうか?いくらメーカーは営利企業であったとしても、そのようなメーカーの対応には不信感を持ってしまいます。せめて言い訳混じりであっても情報として発信すべきではないでしょうか?そんなメーカーが発売している薬を皆さんは使用したいですか?
2:現代日本におけるインフルエンザ診療の問題点
先に上げたイナビルの問題の他にも非常に多くの問題があるのですが、残念ながら一般にはほとんど認識されていません。
まず、今のインフルエンザ診療が単純化されすぎであるという問題があります。
「インフルエンザを疑うような症状がでれば、半日待って検査を受けて、検査で陽性がでたらタミフルなどの抗インフルエンザ薬を処方してもらう」というように思われている方が大半のように思われます。もちろん医療機関に来られる方が対象なので来られない方を入れれば実際はより少ないのかもしれませんが、全体的にそのような雰囲気があります。その結果としてタミフル消費量が世界の7割を占める状態です。
タミフルなどの抗インフルエンザ薬はそもそもすべての方に必要な薬なのでしょうか?
要約:海外と比較すると日本の診療は特異な状況になっています。抗インフルエンザ薬の効果についてはハイリスクの方以外では解熱剤の使用回数で1ー2回程度の差くらいしかありません。
問題点は治療だけではありません。インフルエンザの迅速検査にも大きな問題があります。迅速検査はあまり早期だと正しく診断的ないので発症後半日は待ってから受診して検査してもらうという意識を持っておられる方が多いようです。半日待てば本当に正確に検査できるのでしょうか。
要約:どんなに条件が良くても迅速検査だけでは正しい診断は不可能です。
この他にもまだまだ問題点が存在します。
要約:異常行動との因果関係は否定的ですが、意味のない使用制限がなぜか残っています。
要約:早期診断早期治療では流行を抑えることはできません。
このように現在の一般的なインフルエンザ診療は単純化されすぎており、医療の本質とずれているように思われます。
3:まとめ
一番の問題点はインフルエンザ感染の際に不必要で過剰な不安(間違った不安)を持ってしまう状態となっていて、抗インフルエンザ薬が処方されて安心するという風潮になっていることです。間違った安心感を与えてしまうと本当に心配すべき点に注意がいかなくなるのでとてもこわいことです。どこに注意して看護するか(つまりどのように正しく不安になるか)、どのようなときに再診が必要か、どのような経過で治っていくかなど必要な情報を与えることで薬を処方しなくても安心を与えることはできます。本当の意味の安心を与えるためには診療に時間をかけなければなりません。でも、現在の診療報酬制度であれば薄利多売でないと赤字になりますから、多くの医療施設では十分な時間をかけられません。でもそれは我々医療者のいいわけではないでしょうか。医療の現状が変わらなければ国も問題を認識することもないでしょうからいつまでたっても適切な診療報酬制度には変わらないでしょう。
さらにこれと関連して、我々医師はメーカーの利益のために利用されているように思います。今回のイナビルの国内治験とヨーロッパ治験の結果の違いについてメーカーからなんの連絡・説明もないということで強く思うようになりました。
私は本質的に必要と判断される薬に関しては処方しますが、本来必要ではない薬を処方しません。私がそのような診療ポリシーであるのは真の安心を患者さんに与えたいからです。しかし、インフルエンザには診療の本質以外の不要な不安の原因となりうる問題が非常に多いため、インフルエンザの流行期に自分のポリシーを実行するのは時間的にも体力的にも非常にハードです。かと言って不要な不安を持ったままでいてほしくもないのでがんばっています。このため毎年インフルエンザのシーズンになると憂鬱になりますし、それは年々増悪しているように思います。