ワクチン:後進国にも劣る日本の現状

2010年前後から日本で打てるワクチンの数は劇的に増加しました。ヒブワクチン、小児用肺炎球菌ワクチン、HPVワクチン(ヒューマンパピローマウイルスワクチン。日本ではなぜか子宮頚癌予防ワクチンとか子宮頚癌ワクチンと呼ばれている)、ロタウイルスワクチンなどです。201410月からは水痘ワクチンも定期接種となりました。国は子どもたちを守ろうとしてこれらのワクチンを導入したのでしょうか?・・そのように思いたいところですが、個人的にはそのように思えません。むしろ、残念ながら、わが国にはワクチンで子どもたちを守ろうという信念はないように思われます。ワクチン以外でも子どもたちのためにということはありません。国民一人あたりのGDPにおける子どもにかけるお金の比率の低さは群を抜いています。あまりに話を広げすぎると余談ばかりになってしまうのであえて触れませんが・・

 

 ワクチンに関して国に子どもたちを守ろうという信念がないように思う理由は以下の通りです。

 

1.最近のワクチン導入は「導入しないことによる害」が知られるようになったから

2.安易な定期接種の積極的勧奨中止

 

それぞれについてさらに述べます。

 

1.最近のワクチン導入は「導入しないことによる害」が知られるようになったから

 

 WHO(世界保健機構)は全ての子どもたちに接種すべきワクチンとして加盟国に特定のワクチンの接種を推奨しています。ヒブワクチンは1998年に推奨ワクチンとなりましたが、日本での定期接種化は2013年、つまり15年も遅れたことになります。WHOの情報によると定期接種化されたのはWHOが把握する200近い国や地域の中で最後から10番目という遅さです。ちなみに任意接種として打てるようになったのも2008年末です。なぜこのように導入が遅れたのでしょう。

 まずワクチンの必要性を充分と認識していなかったと考えられます。ヒブは正式にはインフルエンザ菌b型と呼ばれ、冬に流行るインフルエンザウイルスとは無関係な細菌です。この菌による感染は特に小児では重篤になることが多く、細菌性髄膜炎や喉頭蓋炎という命に関わる感染症を起こします。細菌感染なので抗生剤は一定の割合で効果がありますが、それで対応可能と考えていたのかもしれません。欧米よりも患者が少なく、費用対効果が少ないと考えていたようです。しかし、抗生剤の効きにくい耐性菌の存在や感染症自体の急激な進行もあり、毎年、700人くらいがヒブによる重篤な感染を起こし、少なく見積もっても数パーセント(数十人)が命を落とし、数十パーセント(数百人)が後遺症を残していました。

 導入が遅れたもう一つの理由は新しいワクチンを導入したときに何か問題があると自分たち行政に責任が及ぶのではないかと及び腰になっていたことでしょう。この問題はワクチンが本当に原因となる副反応(よく副作用と呼ばれます)に限らず、ワクチンのせいかもしれないと思えるような出来事によるものも含みます。MMRワクチンという麻疹、風疹、ムンプス(おたふくかぜ)の3種類のワクチンが混合されたワクチンが導入された際に起きた髄膜炎に対する集団訴訟で国がことごとく負けたことがあります。それ以降、それまでは世界でもワクチン先進国であった日本で新規に導入されるワクチンがなくなりました。ワクチンを新たに導入することは行政にとってはリスクでしかなくなったのです。

 日本で新規ワクチンが導入されなくなって以降、世界では様々なワクチンが新しく開発導入され、日本との差はどんどんと大きくなりました。差が大きくなってくると海外で予防できている病気にかかる方がいることや亡くなる方がいることがさすがに問題視されるようになります。そうなるとワクチンを導入しないことに対する国の責任を追及されかねません。繰り返しになりますが、ヒブワクチンを導入しないことで毎年、700人くらいが防げるはずのヒブによる重篤な感染を起こし、少なく見積もっても数パーセント(数十人)が命を落とし、数十パーセント(数百人)が後遺症を残すのですから。実際にも問題視され始めてきた2008年末にヒブワクチンはようやく日本国内で使用可能となりました。世界のほとんどの国で定期接種として無料の接種が行われ、WHOもそのように推奨しているワクチンですから、定期接種化は当然の流れです。そのような中、費用負担があるから打たない、打てない子どもがいるというのは世界的にもはずべきことであり、国内でも問題視され始めました。そしてようやく2013年に定期接種になりました。2008年以降に導入されたその他のワクチンでも基本的にはこの図式が当てはまっています。このようにワクチン導入の有無は国民の健康を第一として判断しているのではなく、国の保身を第一として判断しているのです。

 

 

2.安易な定期接種の積極的勧奨中止

 

 積極的勧奨の中止はHPVワクチン(2013年~)と日本脳炎ワクチン(2005年~2009年)で2回行われています。積極的勧奨の中止とはどういうことでしょう。それを理解するには予防接種の法的区分について知る必要があります。そもそも日本では定期接種と呼ばれる予防接種と任意接種と呼ばれる予防接種の2種類が存在します。定期接種は予防接種法で定められた予防接種であり、行政は接種を対象者に勧奨し、対象者も予防接種を受けるよう努めなければならないとなっています。任意接種は定期接種以外の予防接種です。ちなみに定期接種でないからと言って大切ではないというわけではありません。他の多くの国で定期接種となっているにも関わらず任意接種であるものも多く存在します。

 このように定期接種であれば行政は対象者に対して接種を勧奨する義務があります。対象者に接種を勧奨するような案内を送ることが一般的に行われています。市町村によっては対象期間を過ぎようとしているのに打てていない人にはさらに接種を勧める案内を行うこともあります。積極的勧奨の中止というのはこの行政からの勧奨を止めるということになります。その結果として市町村から接種対象者へのワクチンの案内は行われないことになります。ちなみに我々医療者はどうかというとそもそも積極的勧奨の中止は行政レベルでの話ですから、医療者が必要と思うワクチンに関しては接種を推奨してもなんら問題はありません。積極的勧奨の中止は接種に不安を感じる対象者が無理に打たなくても良いようにするためと思われて歓迎する方もいるようなのですが、実際は国民のために行われているのではなく、国(行政)の義務免除を目的として行われているのです。これについては補足をしておく方が良いでしょう。

 

2005年に当時の日本脳炎ワクチンで積極的勧奨の中止が行われました。経緯はこちらを参照ください。実際は対象者が定期接種としての接種を希望した場合は定期接種として接種可能でしたし、重篤な副反応が出た場合などは予防接種法に基づいた補償を受けることも可能でした。定期接種の実施主体は国ではなく市町村ということになっており、市町村は国の方針に従って業務を進めていくのですが、このとき、多くの自治体は日本脳炎ワクチンの接種自体を中止と誤って判断したのです。また医療者も含めた一般の方も接種が中止になったと受け止めました。

わかりにくい言葉を使った決定ですから、そのような誤解が生じるのも仕方ないように思えます。むしろ国はそのような誤解が生じるのを期待して、意図的にわかりにくい表現にしたのではないかと勘ぐりたくなります。このような状態で多くの接種対象者や市町村が接種できないと思い込んでいたのですが、その状態が最終的に5年に及び、接種対象年齢から外れる人が大勢出るようになりました。2010年から新しい日本脳炎ワクチンが導入され、国は積極的勧奨を再開しましたが、当初、国は接種対象期間を逃した方に対しての経過措置は取らないつもりでした。積極的勧奨の中止であっても定期接種として接種することはできたし、その状況で接種しなかったのだから自己責任であり、経過措置は必要ないという方針だったようです。実際にこれに関しては外来小児科学会も書面で抗議しています。結果的には経過措置は取られることになりましたが、このような方針を実際に国は過去に取ろうとしたことがあるのです。


では今回のHPVワクチンの積極的勧奨中止で予測される2つのケースを見てみましょう。

 

ケース1:積極的勧奨中止であるが、HPVワクチンを接種し、何らかの有害事象(ワクチンが原因かどうか関係なく体に良くない事象。紛れ込みの原因も含まれるが、一般的に副作用と思われている)が起こった場合

 

ケース2:積極的勧奨中止であったためHPVワクチンを接種しなかったところ、20年後にワクチンを接種していれば防げたヒューマンパピローマウイルスによる子宮頚癌を発症、子宮を全摘した(もしくは全身に転移もあり亡くなった)場合

 

 ケース1で「有害事象はワクチンの副作用である」と国が訴えられた場合、国としては「行政からの積極的勧奨は中止しており、そのなかで自身の判断で打たれたのでしょう」と言うことができます。ちなみにこのケースでも副反応(一般的に副作用と呼ばれることがあります)として認定されれば、定期接種としての保証を受けることは可能ですが、国としては前述のような言い逃れが理屈上は可能です。

 

 続いてケース2で「ワクチンを打っていれば防げた」と国が訴えられた場合、国としては「積極的勧奨を中止していたが、定期接種としての接種機会を確保しており、その中で打たなかったのだから打たなかったことは自己責任である」と言うことができます。このようなことを実際に言うかどうかはそのときにならないとわかりませんが、日本脳炎ワクチンのときの国の当初の方針(接種対象期間を逃したのは自己責任で経過措置は必要ないとの方針)を考えれば、このような言い逃れも考えているのではないかと勘ぐってしまうのも仕方ないのではないでしょうか。

 

 つまりはどのように転んでも国としては言い逃れが可能なのです。どちらに転んでも大丈夫なのは国だけであり、接種対象者や実際に接種を行う医療者は自己責任なのです。HPVワクチンの場合も定期接種にしないままいるとまずいことになるとの考えで定期接種としたため、定期接種化後にいろいろと言われるとすぐに積極的勧奨の中止を持ち出しました。このように国にポリシーがないことは先に述べた「ワクチン導入の有無は国民の健康を第一として判断しているのではなく、国の保身を第一として判断している」と考えることで納得がいくのではないでしょうか。ちなみにHPVワクチンは海外では安全性は問題となっておらず、さらに予防効果の高い(カバーするウイルス型の多い)多価ワクチンへとシフトし始めています。本来、ワクチンというものは接種のメリットがデメリットよりも非常に大きく、国全体の健康を推進するのに有用だからこそ行われるのであり、国が責任を持ちながら舵取りしていくべきものです。しかし、日本ではその責任を現場に丸投げしているのです。

 


後進国と比較するのは失礼な日本の現状

 近年の新規ワクチン導入や定期接種化により、国内で打つことができるワクチンや定期接種ワクチンはかなり増えました。まだまだ不十分な点はありますが、数だけを見るとワクチン後進国とは言えないでしょう。しかし、後進国の中には費用の問題でやりたくてもやれない国がある中、日本はやれるのにやらない、ポリシーがないという非常に大きな問題を抱えたままです。後進国という言い方は実際のところ良くなく、発展途上国と言うのが一般的だと思いますが、ある点について進んでいるか遅れているかということを明確にすべくあえて後進国という言い方をここではしています。日本の予防接種行政を後進国並みと言うことがありますが、やりたくてもやれない後進国に対しては失礼でしょう。どうすればこの現状が改善されるのか明確な答えは見つかりませんが、現在の問題点を本質的に理解する方が増えることが必要なのだと思います。 


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